2011年7月6日水曜日

9月11日(土):ヨセミテの滝とオークディールと云う街

・マリポサの宿を午前9時頃に出発したが、やはりマリポサはヨセミテからは結構離れており、思いの外時間がかかり(1時間30分)10時半頃にやっとヨセミテに着いた。カリー・ビレッジの奥にある駐車場は既にいっぱいだった。チョット不便な所にある駐車場を見つけて止めた。やはり日本とは違って、いくら混んでいると言ってもスペースの感覚が全く違う。日本の山では本当に止める所がない事が多い。ストアで地図等を探している内に時間が経ってしまい、結局、ハイキングに出発したのは11時だった。

・今日、行った所は、「Nevada Fall」で、昨日行った「Yosemite Fall」よりは高低差が少なく幾分楽な筈であった。行く前から少し眠くて疲れている感じだったが、やはり行って良かったと思った。素晴らしい滝、素晴らしい景色、素晴らしい環境だった。滝は水が枯れていることもなく、雄大な姿を目の前にさらけ出した。自分としては、こんな大きな滝を見るのは初めての体験だった。


・第一フォールを過ぎた当たりで昼食にした。出発したのは12半頃だった。今日は土曜日なので、この分では街に戻るのに時間が掛かってしまいそうである。早めに戻ってきて、夕方の4時頃には出発しない。また、今夜の宿探しが思いやられる。


・歩いたのは、いつの日かこのトレイルを歩きたいと思っていた、有名な「J.ミューア・トレイル」の基点から途中までのほんの一部であったが十分に満足した。すべての行程を歩くには3カ月位掛かる。例えその一部を歩くだけとしても、基本的にはテントと食糧を持って行かなければならないので、膝が悪い自分には無理だろうと諦めている。


・駐車場に戻ってきたのは午後520分だったが、さすがに疲れていたので30分位休憩してから、フリー・サービス(無料)のホット・ドッグとコーヒー、及びリンゴを一個かじる。帰り道、今度は来た道を戻るのではなく、R120に向けて出発した。




R120は景観の良さが売りの山岳道路であり、走ってみてやはりその素晴らしさに十分満足した。時速90kmで走り抜ける快感! それでも追い抜いて行った車がいた。顔を見なかったが、きっとレーサーだと思う。普通ではない。


R120の途中の牧場を通過した時は、アメリカン・スタイルの良い感じのホテルが有った。しかし、降りて行って値段を聞いたら、部屋は空いていたがあまりにも値段が高いので止めた。(一人で寝るだけだし。)


・しかし、時速100km以上のスピードで田舎道を走り続けたが、兎に角、丘のような山の景色が延々と続くだけである。当たりは既に真っ暗で、走っている車は他には誰もいない。しかし、既に高い山は降りてしまったので、ここまで来れば次の町に必ずモーテルがあるだろうと思って、何の不安も感じなかった。しかしながら、夜になると真っ暗になるので、地図を見難くなる。自分は最近視力が0.7まで落ちているので、少し暗くなると地図が見えなくなる。こんな時の事を考えて、懐中電灯と小さな虫眼鏡を用意していたが、本当に助かった。地図に顔を近づけて虫眼鏡で地図を観ている姿は格好良いものではないが、こんなモノでもなかったら、立ち所に何処へ行って良いか途方にくれてしまうに違いない。道を聞こうとしても、人はおろか店も何もないのだから。


9時過ぎに宿をとったのは、Oakdaleと云う小さな街にある安っぽいモーテルだった。しかし、それでも料金が$70で、その割には内容がお粗末だった。今までの中では最低の部類だった。部屋が狭くテーブルもない。シャワーは使えるが器具が壊れている。ドライヤーもコーヒーメーカーもない。朝飯が付いていると看板に書いてあったので、一言、催促をしたら、近くにあるデニーズの朝食のセット券をくれた。



・安っぽいモーテルだったが、結構、泊まっている客が他にもいて、その全てが白人だった。私の隣は一人で泊っている自分と同じ位の年令の爺さんだった。部屋の鍵の調子が悪く中々開けられないで困っている様だったので、開け方のコツを教えてあげた。そんなことから、少しだけ話が弾んだが、あまり楽しい話し相手ではなかった。爺さんだから。


・夜、腹が減ったのでメイン・ストリートをドライブしながら適当な店を探した。タコベルとかマクドナルド、デニーズ等、アメリカでは何処へ行っても必ず見掛ける店が並んでいたが、そんな所には入る気がしない。その内、寿司バーとか新鮮シーフードと書かれた看板の有る店が有って、気を引いたが、他に車が止まっていないし、どんな物出てくるか予想できてしまうので、ここも入る気がしない。何となく、その横にあったリカーショップの方に入ってみた。店番が色々話しかけてくるので、ハイネッケン・ビールを6本買う。約$9だった。近くに大きなマーケットはないかと聞いたら、1マイル先に有ると云う。行って見たらとても大きなマーケットだったが、売っている商品の一つ一つが大きすぎて買うことが出来ない。それでも林檎とトマト、バナナ等、及びその他、チキンの唐揚げやポテトフライ等のバラ売りチキン等の食糧を、こんなに食えるかなと思いながらも、結構、沢山買ってしまった。宿でインターネットをやりながら、ビールを飲み、ついでに夕食の代わりに買ってきた食料を食った。日本を出てから、やっと一週間が経ったと思ったが、同時にもう何週間もアメリカに居るような気もする。しかし、多くの旅行記に登場するような出会いは無かった。


9月10日(金):ヨセミテのジョン・ミューア・トレイルを歩く

・朝、早く起きるつもりが起きたら既に7時を過ぎていた。朝食は昨日スーパーで買った、リンゴとバナナとサンドイッチにコーヒーである。兎に角外食ばかりなので、野菜がどうしても不足する。レストランに行っても、不思議と野菜料理が見当たらない。しかし、スーパーへ行くと、野菜を大量に売っているので、家庭ではチャンと食べていると思う。ただし、何処のスーパーストアに行っても、不思議なことに同じような野菜、食料しか売っていないのだが。



・野菜が不足がちなのだが、更に悪いことに旅行に出ると自分は便秘気味になる。そこで今回は日本からビフィズス菌(ビオフェルミン)の錠剤を持ってきた。このお陰で今回は全く問題がなかった。ウォシュレットがないことが、少しさ寂しく感じられるが。



・今日はエルポータルから再びヨセミテ公園に入り、有名なヨセミテ滝の上までハイキングした。御前10時頃から登り始めピークポイントに着いたのは午後二時過ぎであった。壮大な滝と云っても、実は雪解け水なので夏を過ぎると枯れてしまい、水の気配は全くなく唯の岩山であった。それにしても頂上付近が平らな台地になっているため、下から見上げると頂上から水が落ちてくる感じになり不思議な感じもするし、その分落差が大きいわけである。



・途中の景色は全く雄大な岩山で、やはり日本の山にはないスケールの大きさに圧倒される。


しかも、公園内には人が溢れかえっているが、登山道に入った瞬間から人をあまり見かけなくなる。静かな山歩きが楽しめる。人に出会うと唯挨拶をして通り過ぎるのが何となく勿体無い。そこでチョットだけ人懐こく、情報交換などしてから分かれる感じである。カリフォルニアで出会う人達は、観光客も含めて皆、とてもフランクだ。道で出会ったときに、全くの他人でも皆あいさつをする。そして、チョット話をしたいと思って声をかけると、気軽にしかもとても親切に応対してくれるのが嬉しい。しかし、このヨセミテの山では、あまり黒人やメキシコ系のアメリカ人は見かけなかった。私は彼らの英語がよく聞き取れないので、自分のほうから進んで話しかけようという気があまり起きなかったが。


3時過ぎから膝をかばいながらゆっくり下り始めたが、下に着いた時は既に午後6時であった。しかし、あまりにも疲れていたので、車の中で30分位眠った。







・さて、今日の宿泊場所はどこにするかと考えながら、エルポータルの街や、その先のマリポサの街でモーテルを探した。結局、飛び込んだ処は、嘘のようだが全て満員と断られた。宿で空いて居るかも知れないと教えてもらった処も全てが一杯だった。今がハイシーズンと言うのは本当だったんだ。一室位は空いているに違いないと言う、根拠の無い自信が簡単に崩れていく。既に暗くなっていたので、更に先の街まで車を走らせる元気もない。何件目かに行った有るモーテル(Super 8 Mariposa)で、クリスティーナという受付にいた若い美人の女性が自分を可哀そうに思ったのか、本当に親切にいろいろと世間話をしながら、商売抜きであちこち電話をしてくれた。しかもチップは受け取らなかった。ファミリールームなら幾つか空いている所が有ったが、どこも料金が高過ぎると思ったのでお断りした。(馬鹿広い部屋で250ドル位の処が多い) はじめは実際に家族用と言う部屋を二箇所、見に行って見たが、30畳位の大きな部屋で$250だった。しかしながら、一人で寝るだけでは、どう考えたって広い部屋の使い道がない。


・クリスティーナが10件位電話してくれた中でファミリールームだが、特別に安くしてくれそうな処が有ると云って、ナンバーをひかえてくれた。自分で電話を掛け直して交渉したら、$150で良いと云う。既に830分を廻っているので、レストランもまもなく閉まってしまいそうだし、昨日泊まった所より$10安いと言うこともあって、思い切ってそこに決めた。行って見てびっくり、部屋の大きさがさっき見たでかい部屋より更に大きくて40畳位ある。作りも悪くない。早々に荷物を置いてひと休みした。飯を食いに行く前にシャワーを浴びようとしたのだが、その時に値引きしてくれた理由が分かった。シャワーのお湯がどうやっても出ない。ダメもとと文句を言うべきだと思ったが、既に、9時を過ぎていたこともあり、文句をつけないことの言い訳を考えて、自分を納得させることにした。


・何故なら、その宿にはレジストレーション・カウンターなどと言う物がなく、全て宿泊施設の前に有る電話でやり取りするのである。現物の鍵もなくドアに着いているプッシュ式キーの番号を電話で教えてもらう。つまり、宿の管理者と直接会って話をすることができないシステムになっている。本当にアメリカでは、もしもクレジットカードが無かったら旅行を続けることは難しい。


・こんな時に中流以下のアメリカ人だったら、金の計算を抜きにして交渉して自分の主張を通すのだろうと思う。自分が付きあった、ゼロックスの人達との交渉を思い出してそう思った。もっとも、交渉したとしても、更に$10位値引きして貰う位の事であり、如何にも小さい話ではある。


・夕食は近くのピザ・ハウスでハイネケン・ビールとスパゲティ。安いせいか地元の若いファミリー(多分、自分の娘より若い245歳位の夫婦「=既にどちらも腹が出ている)と小さな子供達)と観光客が半々位で実に騒々しい。料理はしつこくなくて食べ易かったが、現代の普通の日本人ならキット文句を言うだろうと言うレベルと思う。スパゲティの上に、ボイルした人参、マシュルーム、ブロッコリー、それにオイル漬けのオリーブがドサっと乗っているだけ。でも楽しめた。家族連れが、こんな料理をテイクアウトしていた。


・マリポサの一本しかないメイン・ストリートを歩いてみたが、他に良さそうなレストランが何件かあった。多分、客は観光客だろうと思う。街全体の印象は、家がアーリー・アメリカン調の木造の家ばかりで、表通りの店は昔風のランプで家を飾り立てていて懐かしい感じのとっても感じが良い街でした。



9月9日(木):フレズノという街

・今日は初めてフレズノでガソリンを入れた。はじめは操作方法が分からなくて、多少まごついたが、実に簡単なことが分かった。GSのオフィスで前もって、何ガロンか自分で決めた分だけの料金を払って、その分だけ機械をセットしてもらい自分で給油する。その場合、自分が何番のスタンドで給油するのか、どんなグレードのガソリンを入れるのかさえ伝えれば良い。多くのガソリン・スタンドでは、日本のコンビニのような役を果たしている。このような店では、キャッシャーが店の中にあるが、都市部の一部のスタンドでは、キャッシャーの中にいる人とは金網越しにしか話ができない所も結構ある。その場合は、窓口の下のところに空いた小さな穴を通して金を払うのである。


・私の借りたレンタカーは1800CC クラスの韓国製(現代自動車)の小型車であったが、ガソリンは満タンで13-14ガロン位入り、そのガソリン代は$40位である。ガソリン代は1ガロン当たり、$3.0―$3.5位である。しかし、ガロンという単位は馴染みがないので、はじめに満タンでガソリンを補給して、300km位走るとガソリン・タンクが1/2に減少して、結果として$20使ったことになると覚えた。(借りた車は燃費が良くない) 1ガロンは3.6リッターだから、日本と比べると、ガソリン代は半分位の安さだが、こちらでは何処に行くにも相当の距離を走るので、結局、コストは思った程安いという感じではならない。(円高と最近の日本のガソリンの高騰を考えるとやっぱり安いかな。)


・ちなみに、この車はキビキビと本当に良く走る。車が軽くて、特に加速が良いと感じた。少しサスペンションが弱いような感じもするが、最近の韓国車も中々レベルが高いと思った。車を所有するという、喜びのようなものはあまり感じないが、価格が比較的安いので移動手段としては十分である。アメリカは広く、たった一人で ど田舎の方へも行く予定であるが、この分ならば車に関してはOKである。多少、タイヤがプアな感じもするので、スピードは押さえていこうと思う。


・アメリカではガソリンを入れる時に、満タンにする人がいないと聞いていたが、これは考えてみれば当然である。要するに日本の様に先にガソリンを入れる方式では、客がそのまま料金を払わないで逃げてしまう可能性があるから、先に金を払うのである。満タンにしたい場合は、はじめに料金を多めに支払ってから、ノズルから出るガソリンが自動的に止まった時点で、再び、オフィスに行って余分な料金を返却してもらう手続きをする事になるので、実に面倒くさいのだ。


・また、日本の国際クレジットカードは、GSのオフィスではもちろん使えるのだが、ガソリン・スタンドの機械では読み取ってくれない所が多い。都市部以外ではGSが無人の所もあり、そんな時や夜などにガソリンがなくなると、カードが使えない場合は本当に困ってしまう。もちろん現金が使える無人機械など全くない。アメリカは考える以上に広大な国なので、ガソリンが無くなると全く動けないのだ。実は後でこのような経験をすることになるのだが。

・また、セルフサービスでガソリンを補給する場合、機械が旧式だったり操作方法が微妙に違ったりすることがありして、多少、まごついたことがあった。それは給油ヘッドを持ち上げてから機械についているストッパーを下ろす必要がある場合があるからだ。もちろん、そんな使い方は何処にも書いてないから、とにかく最初は周りにいる人に聞くだけだ。




・アメリカは広大な処だと知ってはいたが、実際にヨセミテへ行く途中でウンザリする程大きなブドウ畑を見た時、そしてそれが延々と続くので、ほとほと感心してしまう。広大な大地が唯の荒地ならともかく、とてつもなく大きな畑であるのだが、とても人手を掛けて管理できるようには思えない。そこにつぎ込むエネルギーと金と物量を考えると、地球は大丈夫かと全く恐ろしい気がする。広大な砂漠の中にある広大な畑に、水を撒いていることをたまに見掛けることがある。一体、どんだけの水の量が砂漠に消えていくのかを考えただけで、地球のことが心配になってしまう。ガイド・ブックによると、この水は遠く離れた水源地から、延々と運んできたものだ。


・広大な大地をはうように車を走らせていると、南カリフォルニアは本当に砂漠であることが分かる。なだらかな丘や山がどこまでも続いているが、丘や山全体が鬱蒼とした木々に覆われているなどという光景は全くない。ほとんどは赤茶けて乾燥しきった土ばかりである。所々に森があると言っても、木と木との間はかなりの距離がある。そしてまた何も無い空間があり、そしてまたまばらな木々が続く。本当にどこまでも続きている。


・フレズノを出てからXXX時間位経った所で、ヨセミテに近いが大きなスーパーストアや銀行が並ぶ街があった。そこでリンゴとサンドイッチとボトルに入った水を購入した。また、銀行でシティ・バンクのカードを使って金を下ろした。カリフォルニアではシティ・バンクが何処にでもあるので、とても便利である。ただし、一度の多くを下ろすと危険だと聞いていたので、$100200を下ろすだけであるが、一回ごとに手数料が3%係るのは手数料が高すぎるように思う。


・フレズノを出てから、午後遅くなってヨセミテに到着した。ヨセミテは想像通りに雄大な景色が見られたが、想像に反して登山家の拠点ではなく一大観光地であった。それもお年寄りが多い。不思議なことに、何処へ行っても韓国人はたくさんいるのに、今まで日本人観光客には全く会っていない事に気がついた。ここは日本で言うと上高地の様な所だと思う。平日なのに大勢の観光客で賑わっており、また、ハイシーズンということで、キャンプ場では家族連れがテントを張っている所を多く見かけた。しかし、山登りをする格好をした人は何処にも見当たらない。アメリカにはJ.ミューア等、ヨセミテを代表する有名な登山家が沢山いる筈であるが、登山人口は多いとは言えない気がする。上高地には観光客も多いが、登山で来ている人も数多く見かける。特に最近では、日本の方が登山人口ははるかに多い様な気がする。大体、東海岸やハワイで良く見かけるような運動をしている人すら見かけない。明日、登山道を歩く予定なので、実態が直ぐ分ると思う。





・公園に行く途中の道路は日本と同様に、曲がりくねった山岳道路になっているが、どうも様子がおかしい。片道一車線で日本と殆ど変わらない道路幅の、カーブのキツイ山岳道路である。それにも関わらず、知らない内にスピードが90km/h 位出ている。メーターがマイルなのだが、キロメーターと間違えたのではないかと思った位である。そんな筈はないと道路を良く見たら、カーブの処がバンクになっている。要するに左カーブの処では左側の道路が斜めに下がっているので、ジェットコースターに乗っているような感じで、自然にバンクに沿って曲がっていく感じである。スピードを出しても、加速度が道路に向かうので体や車体があまり左右に振れない。道路の作り方や設計方針が合理的と云えば合理的だが、事故が起きた時には死ぬ確率も高い筈である。事故は自己責任なのだろうと思う。直線道路では道幅が馬鹿広い(車線が沢山ある)ので、やはり同様に速度メーターが実際は mil/h なのに まるで km/h で走っている様な感覚になる。




・ヨセミテ公園の入口のゲートで入場料を払う。7日間有効で20ドルであった。


・今日、一番、驚いたことは鹿を轢きそうになった事である。道路わきにいることが分かっていたが、急に道路に飛び出してきたのであわてて急ブレーキをかけて、今回の旅行では初めてタイヤのキシム音を出してしまった。公園内では皆、速度を落として走っており、万が一にでも鹿を轢いてしまったら、自然愛好家からの激しい非難を受けると思う。


・アメリカでは自然破壊でも何でも止めることなく、経済発展を含めてやりたいという欲求は何でも第一優先で満たしているように思う。しかし、一方では行き過ぎを抑え様と云う意識やルールもしっかりしているが、やりたい事をやる場合はそのロジックや屁理屈がキチンとある。自己満足に様にも見えるが、最低限、守るべきルールもある。よそ者が、アメリカ人のその論理をはみ出して、彼らの決めた許容ルールを違反すれば、激しい摩擦(または罰金)が起きる事は容易に予想される。ヘタをしたら銃で打たれても、文句を言えないと言う正しい論理がちゃんとあるのだと思う。兎に角、彼らの考え方を知ることが大切と思う。



・10月の半ば過ぎには雪が降って、道路が閉鎖されてしまうらしい。しかし、今は9月であるが、日本と違って全く雨が降らないので、天気が良くて日差しが強い。従って、昼間は夏と同じ様に暑い。爽やかであるが全く寒さを感じない。日本の山の気候とは全く違う。ただし、夜は大分、冷え込むらしいが、室内にいる限り暖房がよく効いているので、想像していた寒さはあまり感じない。


・山の中で野宿することは、クマが沢山いるらしいので厳禁である。(食料を狙われるので) キャンプ場では、食料を入れておく金属の大きな箱が並んでいるが、時折、壊されている箱を見掛けることがある。


・ビジターインフォメーションセンターで聞いたら、9月一杯はヨセミテのハイシーズンなので、公園内のホテルやロッジは早くから予約で満杯だという。それも一泊、$400位の超高級な所が二か所、比較的安い($100-$150)シャワー付きの簡易ロッジも、連日sold outとのこと。キャンプ場もテントで溢れていた。要するにヨセミテには泊まる処がないというのは、想定外だった。


・仕方なくヨセミテに比較的近い(30分位山道を下っても戻る)エルポータルと云う処に有る高級リゾートの街まで引換して、そこのリゾートホテルに泊まることにした。一泊の料金は160ドルだった。泊まる部屋の側にある駐車スペースに車を止めて、荷物を引いて外からドアを開けて入る作りはモーテルと同様である。更に室内の設備もモーテルと似たりよったりだが、さすがに建物の周囲が広々としており、綺麗な作りになっている。売店も充実している。また、スパやプールがあちこちに幾つも作ってある。室内等の内装や窓からの眺めが良い。ただし、一人で泊まっていてもあまり価値が実感できない。毎日、ホテル住まいをしていたら予算を大幅に超えてしまいそうなので、どこかで帳尻を合わせないといけないと思う。


・このリゾートホテルで久しぶりに日本人を見かけた。年をとった夫婦だったので、特に懐かしさも感じもせず、話しかけることもなかった。ただし、アメリカで耳にする日本語は、やはりどこか独特な響きがある。一週間ぶりだった。




2011年7月5日火曜日

9月8日(水):レンタカーでLAを走る



・ホーム・ステイを紹介してくれる筈のプロバイダがいい加減で、3W後に授業が始まるという時期なのに、何の連絡もなくまたこちらからのメールにも全く応答しない。電話を掛けても通じない。一瞬、詐欺に掛かったかもしれないと思ったので、直接、出かけていって一言、文句を言ってやろうと思った。事前のアポイントメントを取ろうとしても、電話が繋がらないので直接行こうと思った。1時間以上車で探しまわって、何人もの人に道を聞きながら、やっと場所を突き止めることができた。しかし、今日は平日の午前中なのに、オフィスには鍵が掛かっていて、クローズの札が掛かっている。オフィスはまた想像とは違って、個人用のアパートの一室を使用したものだった。個人事業で好きな時だけ働いていると云う感じ。


・オフィスは広いメイン道路に沿って建っている建物の中にあるのだが、その横や裏にも広い裏通りがある。日本の感覚で、その裏通りの端に車を止めた。そしてオフィスを確認しようとして、通りがかった女性に聞いたら代わりに電話してくれたばかりか、親切にもいろいろと対応してくれた。所で車を止めた時にその女性が言うには、そこはサイドウォークだから車を止めてはダメだという。しかも、そんなことをするなんて、信じられないという感じで言ったのだった。彼女に同行していたもう一人の女性も、やはり同様な態度だった。その時は、誰も歩いている人はいなかったが、サイドウォークに車を止めたら歩く人のジャマになるではないかという。トーランスは、日本の企業も多い中流クラスの人が多く住む地域である。そのような所に住む一般的なアメリカ市民は、予想以上にキチンと社会のルールを良く守るという印象を受けた。



・似たような事を他でも見かけた。広くて車など1台も走っていない道路に、何故か線が引かれてあってそこに「STOP」と描いて有る。日本の感覚で、つい、減速はするがキチンと止まらないで行き過ぎようとした。そのとたんに、右手の方から車が出てきて、その車が激しくホーンを鳴らした。そちらの方が優先になっていたのだ。所がその車の他には全くと言って良いほど車が来ない。しかし、しばらく観察をしていると、どの車もその線の所でキチンと律儀に止まるのである。全く歩行者の時は信号が赤でも渡ろうとする国民が運転ルールだけは本当に良く守る。


・そのオフィスは、トーランスと云うモーテルから50kmも離れた郊外の街にあったので、お陰でLAの街中を網の目の様に走っている高速道路の走り方が分かった。行きはICで、4回も違う方向に行ってしまい、そのたびに高速を降りて道を修正する為に時間が掛かってしまった。慣れてみると日本とは違って、高速道路が本当に合理的に作られていると思った。当然、無料だし。


・高速道路の走り方・・片側の車線だけで10レーンと沢山あるので、ICで別の方向に行く時はその方向へ行く専用のレーンを選ぶ必要がある。そのレーンに乗ってしまえば、そのまま向かいたい方向に自然に行けるようになっている。初心者が心配な合流も自然に出来てしまうように作られている。ただし、日本の様に道路の行き先や方面の標示は殆どなく、道路名と方位及びたまにルートの標示があるだけである。従って、道路名かまたは高速道路につけられているルートNO.を知らないと、ICでどっちへいったら良いのか分からない事になる。一見、超複雑なICも、あらかじめ手前でWEST/EAST or SOUTH/NORTHの標識が必ず出て来るので、それらのどちらかを選択してレーンを移れば良いのである。これは分り易い。


何しろ全ての道は東西か南北に走っているのだから。ただし、一度WESTのレーンに移動した後で、直前になってからEASTに移ることはかなりの危険が伴う。何しろ平均走行スピードが130km/h を超えているのである。LAの人達は本当にスピードを出して走る。 LAの街を網の目のように張り巡らされた高速道を、地図を頼りに一人ではじめて運転するのは結構大変だ。(首都高より楽だが)


・要するに自分が南北に通っている高速道を南から北へ走っている時、東西に通っている高速道とのICが有るとすると、ICの大分前から西方向へ向かうレーンと東方向へ向かうレーンとそのまま北へ向かうレーンに分かれる。西へ行きたい場合は西レーンに移動すれば良い。そうすると、東西に通っている高速道に入る時も、そのまま合流することなく同じレーンが高速道に繋がるのである。その事によって、東西の高速道のレーンが一つ増える訳ではなく、一番内側のレーンが一つ減るのである。問題はシフトするべきレーンが、いつも右の方にある訳ではないので、道路標識をチャンと観ていなければならないということにある。そして、その標識が英語の道路名なので、特に夜はゆっくりと読んでいる時間がないということにある。他の車のドライバーが、間違いもしないで走っていることが不思議でならない。


・結果として思いの外、時間が掛かってしまい、LAを出発したのは午後2時を過ぎてしまっていた。今日の目的地であるヨセミテに、夕方までに着くことはかなり難しそうだ。そこで、途中にあった休憩所で休みながら地図とガイド・ブックを読みながら、急きょ、「古式豊かな古い町」と言う説明のフレーズに惹かれて、フレズノと云う街に宿を取ることに決めた。とても歴史のある街なのに、多くの人はヨセミテへの入り口にある街として、ただ通りすぎてしまうらしい。


・早めに行き先を変えた筈だが、それでもフレズノに着いたのは夜の7時を過ぎており、辺りは既に暗くなってしまっていた。そこであらためて地図やガイド・ブックでモーテルを探す気も起きず、また腹も減っていたので、走りまわって宿を探すのに本当に苦労した。LAを出てから、まだ一度もガソリンを入れてないので、残りも少なくなってきたし心細い一層思いを掻き立てる。街中の筈なのに、通りを歩いていている人が見当たらない。メイン・ストリートの筈なのに、期待していた様な店が見当たらない。大体、何処が中心地なのかさえ良く分からない所だ。そこで、道を聞く為に入った何でも屋の様な店の女主人が、親切にもたまたま居合わせた客とあれこれ議論して紹介してくれた。そこへ迷わず行ってみる事にした。着いた所はこじんまりしているが、プールまでついて小奇麗で良い感じの処である。更に気に入ったことは、田舎なのでこれでも価格はLA2/3位($55 TAX込み)だった事である。後で飯を食いに出かけた時に、少し離れた高速道(XXX)沿いに沢山のモーテルが並んでいるのを見つけた。ギンギラに明るいこのモーテル街は、何となく日本のモーテル街を連想させてしまう。本当にこっちでなくて良かったと思った。チャンと捜すと、少し高いかも知れないが、静かで綺麗なそして結構、安い所があることが分かった。




・日本ではモーテルと云うといかがわしい休憩所を連想する事が多いが、アメリカのモーテルは旅行者のニーズに合った、とても便利な存在である。良く見ると、また、何人かと離してみて分かった事は、所謂、アメリカ国内やカナダから来た、普通レベルの人達が沢山泊まっている事である。中にはそういう季節なのか、家族連れも結構いる。必要なものは大体揃っているが、余分なものは一切ない。より良いサービスが欲しい客は、少し高いがホテルを利用すれば良く、ちゃんとポジショニングが成り立っている。と言っても、実は観光地から遠い、ただの田舎町には日本でいう所謂、高層ホテルや高級ホテルなど見当たらない。結局、チョット小奇麗な個人の家といった感じのプチホテルの様なモーテルになるようだ。


・モーテルが一般的であると言っても、高中低のレベルはキチンと分かれており、長距離トラックのドライバー御用達の処から、少し綺麗な感じのカップル様の所まで、料金で色々揃っている。小奇麗な処では、室内の設備はホテルと同様である。ただし、一般に交通の便利さが優先される立地にあるため、日本と同様に高速道路脇にあるのが多い。また、合理的に低料金になっているためか、窓からの景観は望めないし、高級感はない所が多い。やっぱり金持ちは街中にあるホテルに泊まる様である。


・旅館と民宿旅館の違いか、アメリカにも、リゾート地の近くでは、BBと呼ばれる日本でいうペンションの様な食事付きの宿も見掛ける。ただし、ここは値段が3倍近く高い。こちらのBBは、日本でいう高級旅館といった処かも知れない。


・私がモーテルに求める最低の条件は、お湯の出るシャワー、ビールを入れておく冷蔵庫のあること、インターネットができること、そしてPCを開ける机と椅子があることである。もちろん、ある程度綺麗なことが必要で、最後に値段の折り合いがつくことである。値段の目標は税金抜きで上限が70ドル位、目標は50ドルである。此の様な条件を地方で満たすことは難しくないが、リゾート地や、街の中では困難である。ただし、同じ街であっても内容と値段がまちまちであることが後で分かった。不思議なことに60ドルで泊まりたくないモーテルがあるかと思うと、50ドルで綺麗な部屋や設備の整っているモーテルもある。捜すのが面倒な場合は、有名なフランチャイズの所に決めれば、大きなハズレはない。


・インターネットで思い出したが、ホテルでは何処でも接続料金を取るようである。それも時間辺り$10位するらしいが、モーテルでは基本的に何処でも無料である。フレズノで泊まったモーテルでは、はじめ接続が上手くいかずに手間取ってしまった。ルーターに問題がありそうなので、何回か受付に行って確認したが、受付の係はインド系の男性で、如何にも自信たっぷりな応対にも関わらず、あまり詳しくはない様だった。結局、原因が分からないうちに繋がった。


・モーテルやホテルと云えば、どちらも基本的にはカップルのためのものである。料金は日本と違って部屋で決まるので個人では割高になる。つまり、一人で泊る様には作られていないし、そのような客は極めて少ない。それに作りの悪い処だと、夜、隣の部屋からの女のうめき声が聞こえてしまい安眠が約束されない。LAの二日目の夜がそうだった。


・そういえば車を運転していて気が付いた事は、当たり前だが自分の様に、一人で旅行している車が見当たらない。圧倒的に男女のカップルばかりである。それは分かるとしても、結構、男同士の二人で来ているのが多い。日本と同様に単なる仲良しで、夜はおしゃべりで楽しく過ごすのだろうか。私には全ての旅行者が男と女の組み合わせと言うのも、何か窮屈な感じがするのだが、男同士も何となく落ち着かない。一方、団体さんは別として、三人とか四人とかの同姓のグループで旅行している車も見たことがない。オートバイで走っているグループは、何回か見かけたことはがあるが。


・ガソリン・スタンドには、店内にサブウェイや、また、どこでも同じものしか売っていないのだが、日本のコンビニのような店があり、ミニマーケット(田舎の萬屋)という感じで、旅行者のとっても力強い味方である。GSでトイレを使用する場合は、勝手に使わないでレジで一言ことわってから、鍵を借りて使用する所が多い。そう言えば、一度、鍵を借りて鍵を使ってトイレのドアを開けたら、中に人がうずくまっていたことがあった。男だったが。


LAから北に向かう道は山越えである。8車線が並ぶ高速道が結構、長い坂を登っていく。山と言っても、ほとんど背の高い木々はなく、所々赤茶けた山肌を見せている、なだらかな荒野の坂道が延々と続く。しかし、山を超えてベーカー・フィールド近辺まで降りて来ると、今度は、そこに、どこまでも真っ直ぐな道が延々と続いているフレズノまでの高速道は、平均時速130kmで走り続けることができて、とても気持ち良かった。しかし、とにかく真っ直ぐで単調な上に、今になって時差ボケが出て来た様でとにかく眠い。



・走っている車は、どこででも良く見かけるピックアップと、郊外で良く見かける大型のキャンピング・カーを除くと、小型車が多く現在の日本と左程大きくは変わらない。20年以上も前に出張で来たときに良く見かけた、大型のセダンは殆ど走っていない。日本と大きく印象が異なる乗り物は、日本のものより数段大きな図体をした大型のトラックである。大抵、太くて長い煙突を突き出して、しかもカリフォルニアの坂道を、制限速度をキチンと守ってゆっくりと走っている坂道には必ず専用の車線がある。


・約20年前の昔の事であるが、初めてアメリカ(ロチェスター)へ2週間ばかり出張の時に感じた印象と比べると、最近のアメリカ人は段違いにどの車も結構なスピードを出すようになった。当時、受けた印象ではどの車もキチンと法令速度を守っていること、むしろ自分ひとりだけがせかせかしているという感じであった。所が何故こんなにも様変わりしたのだろう。自分の車の速度を少し落として走っていると、後ろの車は必ず追い抜き車線に移動して追い越していく。制限速度は昔と同じ60マイル(96km/h)だが、何処を走っても、高速道では時速80マイル(130km/h)が普通である。ただし、トラックは別で日本の二倍位のでかいのが、チャンと制限速度を守っている。実は結構、ポリスカーが走っていて、制限速度を大きく超えて走っている車が捕まっている所を何回も目撃した。しかしながら、車で何時間も走り続けていると、とにかく高速で走りたくなる気持ちが良く分かる。一度、130Km/Hで走ると、100Kemahに落とすのはとても難しいことだ。自分を押さえて一度は速度を落としても、再び自然に速度が上がってしまうのである。



・一定速度が130kmで落ち着く理由は、多分、車の性能が影響しているように思う。これ以上の速度で走り続けると、いざという場合に対応ができそうもないと感じる。それに高速道路のあちこちにスリップしたタイヤの跡が残っている。それも数が半端ではない。50m毎に必ず、道路の方向から外れた方に向かってスリップ跡が付いている。その上、道路の両側には、焦げたタイヤの残骸が無数に転がっている。つまり、これ以上の速度で走り続けようとすると、タイヤのバーストが気になってくるのだ。


LAから北へ向かう高速道(XX)は、山坂を超えていく平坦ではない5車線位の道路であるが、それがどこまでも続く車の列で一杯であった。ただし、ガンガン流れている。アメリカの経済のフローの底力を、本当に実感する。日本のように列車で移動する手段が少ないのだから、ほとんどすべての人が車で移動する訳であるから、数が多いのは当たり前といえば当たり前だが、実際にそれを目の当たりにするとそのパワーに感動してしまう。


・ただし、道路は日本の様に金が掛かっていない、全く普通かそれ以下の継ぎ接ぎだらけのガタガタの道が多い。おそらく、コストは日本の1/10位ではないかと思う。それにしても、道路内にはサービス・エリアもなく、たまにある休憩所に有るのはトイレだけで売店もいない。必要なものは何でもあるが、無駄なものは一切なく合理的で本当にすっきりしている。多分、日本では官僚や道路族議員が、利権を何でも抱え込んで自分達の世界を作り上げているからだろう。ただし、余程のど田舎に行かない限り、高速道沿いの街の近くで降りれば、そこには必ず大きなレストラン街がある。そこではトイレやGSやコンビニやサブウェイやミニホームセンター等が揃っている。普通に考えて、旅行者に必要なものだけを作ろうとすれば、必然的にアメリカでやっているような現状の形になるような気がする。


・もう一つ気がついた事は、日本と違って殆どバイクに出会う事がなかった事である。今日一日走って、出会ったのは2台だけ。日本の方が何十倍もバイク天国だと感じた。


9月7日(火):LAのダウンタウン


・今回、96日から27日までの3週間の予定で、南カリフォルニアを車で旅行する目的は四つあった。一つはヨセミテで山を歩くこと。特に本で読んだ、ジョン・ミューアトレイルをその一部でも自分の足で歩きたかった。二つ目はサンフランシスコでジャズ・クラブをハシゴして、本場のジャズに触れること。丁度、この時期に開催されるモンタレージャズクラブにも行きたかった。三つ目はその美しさで有名な、噂に聞こえたウェスト・コーストを、海に沿ってドライブすること。そして四つ目は、日本と同じ様な山間の温泉、それも露天風呂を探して体験する事である。INで探すと沢山あるようなので、若い女性とぜひ風呂に浸かりながらゆっくりと話しをしてみたかった。カリフォルニアには、ヌーディスト・ビーチも幾つかあるらしいので、何となく心が弾む思いがする。


・朝、930分にモーテルを出発。なかなかバスが来ないので、モーテルからユニオン駅まで約2キロ位の道を歩いた。歩くことは好きなので30分位歩いたのだが、途中、何台もの乗るべきバスが自分を追い抜いて行った。ユニオン駅で一休みした後、午前中一杯掛けてダウンタウンやリトル東京を散歩した。何とも情けない事だが、日差しが強く暑いことも有り疲れ果ててしまった。ユニオン駅で水を買って、待合室で水を飲みながらしばらく休憩した。疲れて体力を消耗すると、気力も更に能力さえも消耗する気がする。


・ユニオン駅はその昔、アメリカの鉄道王国だった当時に出来た壮大な駅舎が、今でもそのまま使われている。天井が高く、とても感じの良い落ち着いた処である。今でもLAの各地に向けて、ここから鉄道が出ている 所謂 ハブ駅である。


・リトル東京は午前中だったこともあるが、人通りが少なく、寿司や天婦羅が不味そうで、値段も日本より高いのでがっかりした。一番、行きたかった現代アートミュージアム(CMOC)の場所を探して、途中で品の良さそうなオジサンに道を聞いたら、一緒に前まで行ってくれるという。オジサンの歩いていた方向と同じで、かつ、直ぐ近くに有るのかと思ったら、曜日が休館だった。


隣のホテルにウォーターコートがあり、丁度、昼時でビジネスマンが野菜専用レストランの外テーブルで、四角いプラスティックのケースに山の様に入ったレタス等の野菜を食っていた。他には飲み物だけ。LAでも、中には食事に気を使っている人もいるらしい。店の名前はグリーン・ハウスだった。


・噂に聞いていた中央図書館に行って見たが、その大きさと施設が整った素晴らしさに感激した。とても金が掛かっているので有名である。市長がここの経費削減を目玉にしている事で、労使が対立しているとのことだった。建物は新しいのに、中は昔風に「どしっ」としている。それにサービス体制が素晴らしく、誰にでも無料で開放しているし、ツアー・コースもある。次のツアーまでまだ大分、時間があるが、会話の練習の為にガイド・ツアーに参加してみようと思った。大ホールでは色々な講演会も有るらしいので、これからしょっちゅう通うことになると思った。

LAでは街中を歩いている人は、車のない低所得者だけだと聞いたことがあるが、それは本当だと思う。ただし、ここブロードウェイ通りだけは別である。ブロードウェイ通りは、ダウンタウンの中のダウンタウンで、所謂、ダウンタウンの中の他の地域と比べると、黒人やメキシコ系が多く、如何にも汚い感じの店が立ち並んでいる。品質も値段も安そうである。あまり裕福ではなさそうな感じであるが、また、この地に住んでいると思われる人達が沢山たむろしている。観光地であり、また、生活の場であるような印象の所だ。直射日光に下を歩きまわるため、野球帽を買った($5)。





・昼飯はブロードウェイ通りにあったサブウェイで、サンドイッチとコーヒーで済ませた。日本のサブウェイとは、少し印象が違う別ものという感じだった。まず、普通に頼むとパンがでかい。半分にカットしてもらったが、このハーフサイズが日本では普通サイズである。日本でのようにロースしてもらうが、焦げ目がつく感じで美味い。中の具もとにかく十分な量が入っている。コーヒーも普通に頼むと大きいカップなので、スモールにしてもらう。全部で$6位だった。一番の違いは、味付けというか香辛料の利かせ方が段違いでとにかく辛い。殆ど我慢して食べる感じだが、皆、普通の顔をして食べている。



・午後はバジェット・レンタカーで車を借りた。コリアのXXXという車種だった。日本で予約したのだが、3Wで約10万円だった。これでもハーツやエイビスよりは安かったが、後で友人に話をしたら、高いということでビックリしていた。次はもっと安いのを見つけ様と思った。


・夜まで街中を走りまわって、足慣らしと腕鳴らしをした。殆どの道は、東西と南北にそれこそ碁盤の目のように走っている。そして全ての道路に名前が付いているので、自分が今、何処にいるかが分かる様になっている。その点では、日本と違って、町全体が合理的に設計されているんだろうなと予感できた。ただし、名前の付け方は極めていい加減である。スタンフォード通りの隣がマサチュセッツ通りだったり、世界中の聞いたことのある名前が次々に出て来たりして出鱈目である。全ての道路に名前を付けるのも、考えてみれば煩わしい感じもする。とにかく、昔からの歴史や由緒ある通りということではないらしい。すべての道を同時に作ってしまい、さてとにかく順番に名前をつけていったという感じがする。


・道路には全て名前が付いているのは良いが、交差点に道路標識なるものが何も無い。通りの名前は、丁度、信号機の横についている。右側通行なので当たり前だが、信号機は進行方向に対して、必ず右の角部についている。従って、通りの名前を確認する時も、そこを見れば自分の位置がわかるようになっている。


・赤信号で足の悪い年寄りが、足を引きずりながら、ゆっくりと道路を横断していた時、パンク風の派手な格好の兄ちゃんが飛び出して行って手を添えてやり、小遣いまで与えているのを見た。何か日本と違う不思議な感じがした。思いやりの心は見えないが、親切は見えるとはこのことか。


・アメリカの道路では、右折車はトラフィック・フリーである。右折する場合、特に左から直進してくる車に気をつけながら、車が来なければそのまま右折して良い。LA市内には信号がたくさん有るので、これには直ぐ慣れてしまっただけではなく、とても合理的な考え方であると思った。また、ダウンタウンの中では、ほとんどのばかでかい道路が、一方通行になっているので、安全性は高い。ただし、行きたい所に行こうと思っても、右折を繰り返しながらなので中々行きつけないことも多い。まあ、この位は納得出来るが。


・夜は車でリトル東京まで車で行き、レバニラ定食を食った。(9.45without beerTAX0.97Tip1.5=$12) 確か名前は紅兵衛だったように思う。壁に貼りつけてあるメニュー札や、汚い店の作り等を見る限り、普通の日本の大衆中華料理店と変わらない。ご飯を含めて、日本で食うのと全く同じ味と感触だった。違いは客と店の従業員とのやり取りや会話が多いこと。多分、これがカリフォルニア風なのだろう。客は所謂、茶髪系と韓国人の様な感じのアジア系が多かった。とにかく気さくというか、たまたま隣り合った人と話をしないと、何か変な感じがする位である。


・自分も今までに、隣り合った人から何回か話しかけられたが、残念ながら何を云っているのか全く分からない。とにかく普通の英語とは思えないのだ。帰りにコンビニでギネスの黒ビールハンダースを買う。($9+TAX$1)アメリカではビールは全てハーフサイズである。


LAのダウンタウンの中心地では、駐車場が結構高い。ほとんどが1時間あたり6ドルである。道路脇にあるパーキング・メーターを利用する場合は、$3/1hである。安いのであるが、5分単位で1クオーターが必要である。自分のクレジットカードが読み取れない機械も多く、それに備えてクオーターをたくさん持っていなければならない。また、なかなか停めたい所が空いていないので、夜は目的地から離れた所に止めた場合、夜道を歩く必要があり、場所によっては危険である。注意するべき点は、違法駐車は本当に高い確率で見つかってしまい、駐車料金と比べるとはるかに高額の罰金($60位)を要求されることである。これについては、後で経験談を書く予定。



9月6日(月):初日のLAウォーキング




・昨日の夕方(18:45)成田を発った筈だったが、無事に何のトラブルもなくLAXに付いた時は同じ日の昼過ぎ(12:55)だった。片道13時間の飛行中、飛行機の中では、睡眠導入剤を飲んだことも有り、とても良く眠れた。今までに東行飛行で何回も経験した時差ぼけの苦しさは、今回は全く味わうこともない快適な空の移動だった。


・隣の席に座った英語の上手な若い一人旅の日本人女性と、あまり話ができなかったのが少し残念だった。今回の旅行では、全てに対して今までの自分より積極的に行こうと考えていたが。相手の方が当たり前だが、自分にあまり関心がない様だったので。


・入国審査の時に必要と言われていたI-94カードだったが、何処で用紙をもらって良いのかが分からず、少しまごついた。案内が何処にも見当たらなかったので。聞くと入国審査ゲートの手前横にインフォメーション・デスクがあり、そこで記入するのが正解だった。審査を待つ行列が長かったので、少し焦って見落としてしまったようだ。結局、一緒に搭乗した人達でI-94を記入している人は、他には誰も見当たらなかった。多分、事前に用意していたのかも知れない。飛行機の中で貰うことができたのだろうか。私はその位、良く寝ていたと言えるかも知れない。


・予約していたモーテルは郊外にあるので、空港から直接レンタカーで行きたかったが、空港オフィスでは希望の自動車保険がセット出来無いことが分かった。そこで空港から直通シャトルバスでダウンタウンにあるユニオン駅(ハブ駅)まで行き($7)、そこから2k位の道のりはタクシーでモーテルへ移動することにした($9)。 また、今日は祝日(レイバーデー)という事もあり、ユニオン駅のレンタカーの営業所は午後二時には窓口を閉めてしまうらしい。そこで、今日はレンタカーを借りる事は諦めて、予定とは違ってしまったが仕方なくタクシーを使用した。


・ユニオン駅ではタクシーのドライバーが、「モーテルの場所を知らないので住所を教えろ」と言うので、出だしから困ってしまった。モーテルの予約はインターネットでしたのだが、住所まではメモしていなかったから。タクシーのドライバーが、その土地のモーテルの場所を知らないなんて有りか? しかしながらそれでも、事前にグーグルの地図で場所を調べていたので、頭の中で覚えていた道順を教えながら、スムーズにモーテルに到着した。



・泊まったモーテルは、アメリカではフランチャイズ・チェーンで良く知られた、スーパー8である。 中の下のクラス位の値段だが、ここに2泊した。一泊の料金は($80)だが税込では90ドルだった。税金が14%(11ドル)付くとのことだった。部屋はまあまあ綺麗ではあり、とにかく広さだけは十分だった。ユニオン駅の近くには、モーテルではなく、所謂、ホテルというものが、価格も高中低と沢山揃っている様である。


・モーテルは歩く感覚では郊外にあり、その近くには店は何もない様に見えた。グーグルの地図で見ると、ドジャーズ・スタジアムが近くにあるらしいが、広すぎて全く見えない。部屋にいても仕方ないこともあり、メトロバス($1.5)でWestハリウッドの繁華街まで行く。大きな書店が近くにないかとモーテルで聞いたら、バスの乗り方から道順まで丁寧に教えてくれた。英語も上手いし、なかなか綺麗な女性だと思った。このバスは、サンセット・ドライブに沿って走っており、何処まで乗っても料金は1.5ドルである。降りるときは、そこら中に張り巡らせてある紐を引けば良い。ただし、何処を走っているのか全くわからない。常に隣の人に聞くことの繰り返しである。


・書店は直ぐに見つかった。とても大きな所で、ガイド・ブックが沢山あった。西海岸周辺だけでも、20冊以上あったが辛抱強く見たところでは、「死ぬまでに一度は行きたい世界の1000か所、南北アメリカ編」、「カリフォルニア、ロンリー・プラネットの自由旅行ガイド」、「ナショナル・ジオグラフィック・トラベラーのカリフォルニア」の3冊が、分厚いがとても分り易くって気に入った。日本でも図書館で事前に見ていた「ロンリー・プラネットのガイド・ブック」($20)を購入した。


・書店ではCAのガイド・ブックの他に、アメリカ西部やカリフォルニアやロスアンジェルスの地図(どれも一つ$7)を仕入れてから、カフェで一休みしながら廻りを観察した。LAにはユニオン駅近くのダウンタウンを除くと、高い建物がなく、印象としてはとにかく横に際限なく広がっている感じがする。ハリウッドの繁華街でも、高層の建物が密集している訳ではない。


・帰りに繁華街でボトル入りの水(591ml、$2)を購入した。9月なので日中の日差しは日本よりも強く暑いのだが、爽やかで歩いていても汗はかかない。しかし、日陰や夕方になると少し寒さを感じる位に冷えてくる。それでも街を行く多くの人は半そでシャツ一枚だが、中にはジャケットを来ている人や、そして何とオーバーを着ている人を見かけた。夜は、着ていた半袖のポロシャツの上に、持ってきた長袖シャツを重ね着したが、それでも少し寒い位だった。シャツを一枚持ってきて良かったと思ったが、しかしながら昼間の暑さを考えると自分の用意の良さにも感心してしまった。







・ここら辺の人達は男女とも、とにかくメチャ太っている人が多い。男も女も三人に二人は腹が出ている。メキシコ系の人種も多く、彼らは全般に背があまり高くはないが、横には凄く出っ張っている。彼らの喋る言葉は訛っている上、とても早口に聞こえるので、英語がほとんど聞き取れない。また、自分の発音が悪いのか、私の話す言葉は聞き返されることが多い。疲れてくると、中々リラックスして元気に振る舞うことができず、つい、「まあ、いいや」と云う気になってしまう。自分のことながら、何て気弱で虚弱な体質なんだろうと思う。


・夕食は一人デニーズで食った。頼んだのは一番食べやすそうな、スタンダード・メキシコ・オムレツ($5)、と安いコロナビール($4)、税金と合わせて$10.5であった。買ったばかりの地図を見ながらビールを飲んで一休みした。LAにあるデニーズは、外観も入り口も日本とそっくりだが、出てくる食事の中身や味付けは大違い。どれもチーズやハム・ベーコンの量が多いし、味もスパイスがとてつもなくキツイ。なんでこんなに辛いものを食うのか、それとも味付けを間違えたのか、とにかく辛い。そして、しつこい味が単調に感じる。しかしながら、これが美味しいと言う感じも少しはするので、量さえ減らせば何とかここで一年やそこらは食い物に困らずに生き延びて行けそうな気がした。LAの様な都会では、探せば美味い物もあるに違いないと言う確信もあった。






9月6日(月):日本出発の日




・飛行機のチケットは事前にインターネットで調べて、格安チケットではないが、所謂、安いチケットを購入した。格安チケット(例えば成田・LA報復5.5万円等)は、安いことは安いが発着時間帯が早朝だったり夜中だったり、変更が利かないなどの不便な点が気に入らなかった。しかも大して違わない料金(同8.5万円で低料金チケットを購入した)で買えるので。と思ったらそれは基本の料金で、その他に空港使用料とか税金とかが付加されて、結局、16万円位になった。またチケットの購入・支払いは、インターネットで直接購入するのと全く同じ料金だったので、何か問題が起こった時の事を考えて、町田市内にあるHISで購入した。そして選んだのは、シンガポールエアラインで、結果として私としては十分に満足のいくものであった。


・私のクレジットカードは、VISAの一番グレードの低い、クラシックカードだったので、航空券をカードで購入しないと、海外での傷害や盗難等の付帯保険が付かない。(そして、後でこの盗難保険がとっても役に立ったのだった。)その他にも、例えば私が脳溢血で倒れた場合、帰国用のチャーター機代が特別に必要だと女房が言い張ったので、それも考慮した。保険が使える複数のカードを持っていたので、追加の保険は、諸条件を含めて必要最低限な幾つかの個別保険を選択した。


・ホーム・ステイ先にあげるお土産を女房に選んでもらった。ほうじ茶を選択し、そのことを自分では大いに気に入った様だった。しかし結局、このお茶は全く飲むことなしに、3ヶ月後にそのまま持ち帰ることになった。きゅうすが何処にも見当たらなかったし、ホーム・ステイのホスト・ファミリーは、日本のお茶には全く関心を示さなかったので。


・家族揃って最後の昼飯を食おうということになって、新宿の高島屋のあるビルの14階にあるチョット高級な和食レストランに入った。たったの3ヶ月の間だが、アメリカと云っても西海岸なので、これから本格的な和食は食えないだろうと思った。


・食事の後直ぐに、成田Expressで空港に向かう。浅草橋まではずっと地下を、結構なスピードで走り抜けていく。こんな線路が東京の地下に出来ている事は、60年以上この近辺に住み続けているのに全く気が付かなかった。その後、1時間もしないうちに成田空港に着く。荷物は前の日に、家まで取りに来てもらい、そのまま宅急便で送っていたので、全く楽チンな移動だった。


・搭乗手続きも含めて全く何の問題もなく手間も掛からず、スムーズに飛行機の席に着いた。所が、気が付いてみると、席は後ろの方だったし、椅子の背もたれが倒せない所だった。やはり、席の様な細かい所まで少しだけ気を使って、一言要求しておくべきだったと思った。何故なら、飛行中に良く眠ることができるかどうかは、影響の大きな重要な問題であった。